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Kinjo News

深谷校長の高等学校卒業式式辞を掲載します

中学校・高等学校

2018年2月20日 高等学校卒業証書授与式 コリントⅡ4:7~9

本日、金城高校を巣立っていく卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。また、ご臨席くださいました保護者の皆様にも、心よりお祝い申し上げます。 

併せまして今日までお嬢様方のために注がれました皆様の愛情と労苦、また、金城学院の教育にお寄せ頂いた信頼とご協力に対し心から感謝を申し上げます。  

さて卒業生の皆さん!今日から君達は、金城高校の卒業生となります。座りなれた榮光館の座席も今日を境に君達の座席は無くなります。身分証明と同じ

意味を持つ制服は公の場でもう着る事はできません。戻る事のない高校生活を今一度、振り返ってみるとどうでしょう。今、手にした卒業証書は、君達が

積み重ねてきた努力の結果である事は言うまでもありません。しかし それは また、今日迄君達を養育して来られたご両親、教育にあたって来られた先生方、

その他多くの方々の愛情の賜物でもある事に気づくのではないでしょうか。この中高を通じて6年、時にご両親の愛情をわずらわしく思ったり先生方の訓

戒をうとましく思った事もあるでしょう。しかしその事が結局は自分達の為であったと思い当たる地点に今、君達は立っています。しっかり締めくくりを 

し、新しい世界へ踏み出して行って欲しいと思います。さて、中高の6年間、聖書の教えを土台として、まず、第一に神の前に自分はどうあるべきか? 第二

に周りの仲間と平和な関係を築く為に自分をどう律するか?第三に命を大切にする社会を築くためには神の愛に繋がる中で、いかに連帯していくか? 

君達と共に歩んできた自立・自律・連帯の旅は,丁度、神の民が真の自由を得る為にエジプトの地から神の祝福を求めて約束の地を目指した出エジプトの旅

に似ています。君たちが金城ファミリーの一員になった6年前、聖書にある種まきの例えから「人生には変えられないものが山ほどあるが、人は何かを変

えていく力を神から与えられている。神に喜ばれる小さな事から誠実に実行して自分の周りを変えていこう」と呼びかけた事を思い出します。その日から

6年、今こうして卒業の時を迎えることができた事を神に感謝するものです。改めてこの卒業の時、先程の聖書箇所より最後のメッセージを君達に贈りたい 

と思います。私自身も困難に直面した時によく励まされる箇所です。これはキリストの弟子パウロが道徳的に退廃し、人間関係も悪化していたコリントの 

人々に送った手紙の一部です。ここでパウロは「土の器でしかない私達に、神からの大きな宝が与えられているのは何の為か?それは私達を通して、神の 

祝福が周りに明らかにされていく為だ」と述べます。更に「この与えられている宝を失わずに心の中に保ち続ける限り、たとえ四方から苦しめられても行

き詰る事はなく、途方に暮れても失望する事はない」と断言します。「虐げられても見捨てられず、ノックダウンする事はあってもノックアウトされる事はない」とエールを送ります。この宝を心に宿し、壊れることのない土の器に

自らを変える、これこそが人にとって最も大切な事であると高らかに宣言します。ここでいう宝とは一体、何でしょう。それはスクールモットーにある、 

主を恐れる知恵の事ではないでしょうか?それは時と共にますます輝きを増していくものです。今、授与された卒業証書は時と共に古びていくでしょう。 

しかし君達の中に宝として蓄えられた「主を恐れる知恵」は卒業後の人生をさらに豊かにしていくと私は信じるのです。これからの人生は自分が設計した

ように必ずしも順風満帆とはならないでしょう。しかし崩れ落ちてはなりません。宝を内に宿す「壊れない土の器」として、誇りとチャレンジ精神そして 

使命感を持って新しい世界で責任ある歩みをしていって下さい。力を発揮すればする程、それに反して、周りと上手くいかないという事が出てくるかもし 

れません。理不尽な事柄に出会うかもしれません。しかし心配するには及びません。宝を内に入れ練り上げられた土の器は、そんな簡単に壊れないのです。

たとえひびが入ったとしても、ばらばらに崩れ落ちないのです。創世記に登場するヨセフの話しを思い出して下さい。イスラエルの12人兄弟の下から2

番目のヨセフは父からの愛情を一身に集めた為、兄弟のねたみを買い、遂には罠にはめられ、捨てられてしまいます。それからは理不尽な迄に降りかかっ

てくる数々の苦難や酷い仕打ちに。出会います。しかし それを静かに受け止め見事なまでに乗り越えていきます。やがて彼は、奴隷という立場から一国の

宰相にまで駆け上がっていくのです。それは彼が主を畏れる知恵をどんな時でも手放さなかったからです。そんなヨセフについて聖書は,神が共におられた

と短く記しています。君達もヨセフのように四方から苦しめられ、打ち倒される事があるかもしれません。その度に土の器にひびが入るかもしれません。

しかし入ってもよいのです。何故なら入った ひびの隙間から何を信じて行けばよいか分からないこの世界に、君達を通して宝の光は, 神を知る知識の香りは、

豊かに放たれていくに違いないと思うからです。最後にある牧師先生の言葉を紹介して終わります。「どんな不幸を吸っても吐く息は感謝でありますように。

全ては恵みの呼吸ですから」。聖書の教えを土台として,普遍的でブレない価値観を持つ人はこのように人生を歩む事ができるのだと深く教えられる言葉です。

どんな不幸を吸っても吐く息が感謝となる迄には少し時間がかかるかもしれ

ません。しかし神は耐えられないような試練に会わせる事はなさいません。

必ず,脱出の道を備えて下さり「すべては恵みである」とやがて告白できる時

を備えて下さる方です。この方に繋がり続けディグニティを有する自立・自律・

連帯のピースメーカーとして普遍的でブレない価値観、「神を畏れる知恵」、それらを手放さず新しい世界へと旅立って行って下さい。 

本日は本当におめでとうございました。